カリスマ。
人を引き付ける魅力、人を納得させる魅力、人を導く魅力、人を○○する力…。
いろいろありますが、見た目?言葉?声?雰囲気?どれも納得できないのが正直なところです。
ですが、その中でもひとつだけ納得感があるものがあります。
本当に凄い人は、謙虚。この瞬間に「カリスマ」を感じます。
今年の3月10日、早稲田大学で「京セラの稲盛さん」をお招きしたイベントを開催したのですが、あのすごい方が講演が終わった後、私に合掌され「ありがとうございました」とおっしゃられたのが記憶に新しいです。これがカリスマなのかも…。
もうちょっと考えを深めると、カリスマを感じるよりもその人の近くにいて「多くを学びたいと」いう好奇心をかきたてられますね。 これがカリスマの「ミソ」かとちょっと思ってきました。すんません、まとめながらで、理論にはなってません 🙁
心理学者の「サリバン(米)」が定義したものなのですが、彼はフロイト理論とは別に「性格はその人のまわりの人が決めるものである」といっています。つまり、カリスマもその人ではなく、その人のまわりの人がそのカリスマがある人を表わすときに使う言葉なのかもしれません。カリスマのある人は「おれ、カリスマあるだろ?」とは言わないですしね 😛
「カリスマのある人になりたい」と思ってなるのではなく、常に謙虚に無知を恥じ、常に成長を求め続けること。これがカリスマの源泉だと思います。たぶん…。
管理職と呼ばれる「マネジャー」「チーフ」「リーダー」「部長」「課長」「係長」「主任」。たくさんありますが、その立場に気負い過ぎたり、鼻に懸けたりせず「チームをまとめるキャプテン」として「楽しく、そしてストイックに」取り組む姿勢の人が慕われますよね?
そこに籾倉が考える答えがあります。イケてる管理職は会社が決めるものだけではなく、他の社内のメンバーが決めるからこそ、慕われる人がきまってくるのだと思います。やはりカリスマはまわりがきめるものなんですね。